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活動報告  2007年8月9日

原水禁 - 長崎大会
日本とアメリカ その認識の違い

これまでにも原水禁の活動を始めとして、核兵器廃絶に向け、多くの運動が繰り広げられてきたにもかかわらず、世界から核兵器がなくならない現実に苛立ちを感じる。いまだに、北朝鮮など新たに核兵器を保有する国が増え、劣化ウラン兵器などの放射能を用いた新たな武器も開発されている。

日本国内では、長崎県出身の現役大臣が「原爆投下は仕方なかった」と発言したり、憲法九条の改正について議論されるなど、先の戦争から時間が経過したことで日本人の平和に対する考えも変化してきたように感じられる。

そのような状況の中で、原水禁長崎大会に参加し平和について学習するうちに、核兵器をなくすために何をなすべきか考えてみた。
今回、被爆された方の体験談として、米国人と日本人の核兵器に対する認識の違いが説明された。

一般的な米国人の認識は、原爆は太平洋戦争を早期集結させるためにアメリカ軍が開発した爆弾であり、そのおかげで日米の戦死者を少なくすることができた。また、原爆の威力についてはキノコ雲の写真程度の知識しかないという。その理由としてアメリカでは、核兵器の恐ろしさやその被害状況などの情報を国民に提供していないためである、とのことであった。

この話を聞き、今後はこれまで以上に平和活動の輪を世界に向け広げていく必要があり、すべての人類の共通認識として核兵器の恐ろしさを共有していかなければならないと感じた。

(建設・平本賀也)
自分たちで考え 行動する新世代

原爆投下から62年経った長崎に行ってきました。被爆された方の証言があったが、六十歳代の若い方が増えている印象を受けた。時が経つにつれて、体調が良くなかったり、亡くなられたりで語り手がだんだん減ってきているらしい。

話を聞いていると、今までは、62年前まだ幼く記憶が曖昧だったため、話をする自信もなく、平和な時代が来ることをただ見てきた。しかし、同じ長崎県出身である現役大臣の『原爆投下はしかたなかった』という発言を聞き、自分達の体験した死の恐怖と戦争の悲惨さを少しでも多くの人に伝えるため、活動を始められたという。

『しょうがない』発言をした大臣は、爆心地から遠く離れ、被爆の被害も少ない地域出身であったため、今なおこの様な発言ができる。差別が残っていると淋しそうに語っておられた。

 そんな大人を見ている為なのか、長崎市内の高校生が今年もまた「核の絶廃を」と国連事務局へ直接署名を手渡し、核の危険性を訴えてこられた。自分たちの祖父母の話を聞き、この事実を薄めることなく後世に残し、平和への思いを伝えていくと元気に語っていた。

 今回参加して思ったことは、「まだまだ世の中捨てたもんじゃないな」でした。稚拙な発言をする政治家には任せられないと判断し、自分たちで考えて行動している高校生を見ての正直な気持ちです。

(建設・武田勝臣)
希薄になる責任に 危機感を抱く人々

ここ最近の核問題を取り巻く情勢は、私たちの社会において確実に戦争の悲惨な事実や、被爆国であるからこそ負わなくてはならない責任が、希薄になっていることを明白に示しています。そうした中で、今年62回目の原水禁長崎集会に参加し、被爆された方々の切実な訴えを耳にすると、彼らがいかにこうした情勢に危機感を抱いておられるのかが感じられてなりません。

その中の一人の老人は、爆心地から数百メートルの場所にいたにもかかわらず、わずかの火傷で済み、それから62年経った今でも矍鑠(かくしゃく)とされております。しかし、そのとき目にした光景は生き地獄であったと、その生き地獄が決して再び起こらないよう訴えることがそのとき多くの家族や友人を亡くした私に課せられた責任であると、そう語られているときの表情の硬さが大変印象に残り、身のひきしまる想いを受けました。

(理会・高比良祐一)

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